【症例の紹介】
肩に痛みがないにもかかわらず、腕が上がらないのは腕を上げる筋(主に三角筋)を支配する神経に何かしらの問題が発生していると考えられます。
三角筋を支配している神経を腋窩神経といいます。この神経は第5・6・7頸椎の間から出現し鎖骨の下を通り肩に分布しています。この神経がなんらかの原因で絞扼(締め付け)し神経への栄養が十分に行き渡らなくなり神経障害が発生します。
特に、①頸部、②鎖骨下部、③外側四辺形間隙(QLS)が狭く神経を絞扼されやすい部位になります。※QLSとは四辺形間隙と言い、小円筋・上腕三頭筋・大円筋・上腕骨外科頸で囲まれた神経が通るスペースです。手を挙げるとこのスペースが狭くなり神経を絞扼し様々な神経症状が出現します。
頸部については、レントゲンやMRIなどの画像検査で確認できますが、その他の部位では画像による確定診断は難しいようです。
症例を紹介させていただきます。
ケース1:腋窩神経麻痺
80歳の男性です。既往歴はとくにありません。2か月前にマッサージ院でマッサージを受けられた翌日に突然に左腕が上がらなくなったそうです。
整形外科で頸部と肩部のMRIをとり器質的変化(骨折や肩の腱断裂、頸椎ヘルニアなどの構造的損傷)は認められなかったということでした。
整形外科ではリハビリをされていたそうですが、どうも拘縮肩のリハビリをオーダーされていたようで、効果がないということで紹介により来院されました。
事前に画像診断済でしたので頸椎症や肩腱板断裂の可能性は除外しました。前日に受けられたマッサージとの因果関係はわかりませんが頸部より下位になんらかの原因があるように考えられました。
●視診では左三角筋に明らかな萎縮がありました。
水平位までは自動での拳上(+)、それ以上は他動(+)、疼痛(-)
皮膚感覚(+)、臥位での自動屈曲(+)、MMT(2:Poor)と評価しました。
三角筋の萎縮、疼痛がなく自動運動での運動制限、肘関節から遠位の運動可、画像所見から腋窩神経障害(QLSでの絞扼)と判断し施術を行いました。
施術内容は、QLS部への超音波照射(1Mhz:1.0w/cm,2分×3セット)、左上腕3頭筋、大円筋のストレッチング、肩甲骨の外旋・下制誘導による自動運動訓練を行いました。生活動作では、左側臥位での就寝を控えるようにお願いしました。
4回の施術で自動運動での屈曲120°まで回復し加療中です。
(まとめ)
神経症状(筋力低下・運動麻痺、異常知覚・痺れ、知覚消失・感覚麻痺、炎症)がある場合は、重篤な疾患が隠れているケースもあり特に慎重に判断しなければならないのですが、今回は、来院以前に整形外科を受診されてからでしたので、早期に原因を絞り込むことができました。
ただ、高齢者の方は症状の申告をされる際に要領を得ず、病院での短い時間の問診の中で正確に伝わらない場合もあるようです。
私は、話を聞く立場ですので、そのあたりを考慮しながら患者さんと接しないといけないと思いました。
肩関節は骨が接する面積が小さく安定性を欠いています。その分自由度が高く関節の脱臼を防ぐために多くの筋、腱、靭帯が関節を取り巻いています。しかし、それらに栄養を与えている血管は細く脆弱で損傷や断裂を引き起こします。五十肩と思っていて実は、腱が断裂しているケースがあります。
ケース1:腱板損傷(棘上筋断裂 新鮮例)
60歳代女性です。自宅で洗濯カゴを両手に持ち階段を上っている途中、バランスをくずし右肩を壁にぶつけ態勢を立て直そうとしました。受傷直後はただの打撲だと思われていたのですが痛みが増してきたので翌日に来院されました。
上腕骨上部前面に皮下溢血があり、自動運動では屈曲90°、外転80°でそれ以上は疼痛により不可でした。拳上姿勢は、上腕骨の求心位が取れておらず肩甲骨を拳上したトリックモーションがありました。
腱板損傷を疑いエコー画像で確認しました。
●エコーでは左画面患側の棘上筋の上peribursal fat padの扁平化があり、また筋内が白く濁り血腫の存在が疑われました。
整形外科の受診をすすめ関節内注射をしていただきました。関節内からは血腫を抜きヒアルロン酸注射をされました。
縫合手術の提案をしましたが、患者さんのご希望により保存的に施術を行いました。現在は関節拘縮も起きずROMも回復しておられます。
ケース2:腱板損傷(棘上筋断裂 陳旧例)
70歳代女性です。半年前より肩が痛く腕があげられない状態になっておられ、就寝中の夜間痛も出現しているそうです。整形外科に通院中で内服と湿布剤、物療を行っておられましたが改善が見られないということで来院されました。
ROMは屈曲100°、外転90°、大結節に限局した圧痛がありました。視診では棘上筋、棘下筋に萎縮がありました。腱板損傷を疑いエコーで画像をとりました。 エコー画像ではperibursal fat padの扁平化と骨表面にnotchが確認され腱板損傷を疑いました。また、上腕二頭筋長頭腱腱鞘部に液体貯留があり腱鞘炎の存在も確認できました。majar injuryの腱板損傷の確定診断を確認するためにMRIを総合病院でオーダーしていただきました。
●右肩甲骨上の筋(棘上筋・棘下筋)の萎縮(痩せ)が確認できます。
●peribursal fat padの扁平化や大結節に骨表面の不整列が確認できます。
●MRIでは棘上筋断裂に損傷があります。
●長頭腱(白い円)の周囲に液体(黒い楕円)が確認できます。
手術の提案をしましたが、しばらくは保存療法を続けるという患者さんのご希望で施術を行いました。損傷部位と腱鞘炎部に超音波を照射し自発痛の軽減をある程度待ってから屈曲動作の再教育(忘れた正しい動かし方を再度練習する)を行いました。4か月ほどで運動時痛もほぼ消失しROMも健側同程度まで改善しました。
(まとめ)
あきらかな受傷機転がなくても、肩が痛く運動制限のある場合は、自己判断で五十肩と決められず一度画像を撮ってみるべきではないでしょうか。
特に、高齢の腱板は軽微な外力によっても簡単に断裂するケースがよくあり、外力が働いたと意識されていない方もおられます。
レントゲンは再現性が高く、簡易な画像診断方法ですが骨以外の軟部組織の判断には不向きです。MRIは軟部組織の状態を確認するにはとても有用ですが経費と時間がかかる欠点があります。エコーは簡便に軟部組織の確認ができますが、再現性が難しく正確な画像を描出するには施術者にそれなりの技術が必要とされます。病態を正確に判断するには、施術者が描出技術の習得を十分に訓練しこれらの画像診断方法を症状により上手く選択し施術に生かせれば素晴らしいと思います。
就寝中に突然、目が覚めるような肩の痛みが出現した。特に何もした覚えがない。このような症状の場合、肩の腱板や滑液包への石灰の沈着を疑います。石灰沈着性腱板炎や滑液包炎は中年以降の方によく見られます。レントゲンでもはっきりと存在が確認できます。
ケース1:石灰沈着性腱板炎
50歳代男性です。営業職ですが最近はデスクワークが多かったそうです。就寝中に左肩への激しい痛みで目が覚めたそうです。当日は痛みのため仕事が手につかず市販の鎮痛薬は全く効かなかったそうです。その日の夕方に来院されました。
患部に熱感があり、自動運動はほとんど不可能で右手で左手を支えていないと耐えられない様子でした。ROM検査はせずにエコーで内部を観察しました。エコーでは棘上筋内に石灰化した高エコー像が描出され石灰沈着が確認できましたので、当院の施術よりもステロイド関注が有効であろうと判断し近隣のペインクリニックに対診させていただきました。初回での関注では劇的な変化は見られませんでしたが、就寝中の激しい痛みは軽減しました。1週間は当院では施術せず三角巾で腕を吊り安静を図りました。2回の関注の後、超音波の照射とROM訓練を開始し3週目には痛みもなく日常生活動作が完全に回復しました。
●棘上筋内に白く高エコーの石灰が雲のように広がって見えます。
不思議な事に健側(右)の腱板にも石灰沈着がありましたが、以前に同様の痛みを経験されたことはないそうです。
(まとめ)
痛みの経過を観察すると、突然の痛み、熱感、数週間での回復と経過の変移が痛風発作と似ているように感じました。痛風は関節内に尿酸結晶が堆積しそれが関節内に拡散すると、免疫機能が反応し劇症的に炎症反応が現れます。私的な考察ですが石灰沈着性腱板炎も似たような機序ではないかと考えています。なので今回のケースでは、発症→1週間目までは、ステロイド関注(消炎)+NSAIDs服用(非ステロイド系消炎鎮痛薬)→2週間目まではステロイド関注+NSAIDs+ROM訓練、3週間目以降は継続してのROM訓練と経過観察によって比較的早期に解決できたのではないでしょうか